「できる」と確信できればすでに半分できたようなもの――平体教授

 

今日は、アメリカ史、公衆衛生史がご専門の平体由美先生にお話を伺います。2020年から世界中に影響を及ぼした新型コロナウイルス感染症によって、通常なら病気とは無縁の若い人たちも不自由な生活を余儀なくされ、辛い日々を送ったと思います。人種も民族も多様な社会であるアメリカや公衆衛生という視点からもいろいろ教えていただきましょう。


平体先生@チャペル前


―平体先生はご専門の地域がアメリカということですが、アメリカに興味をもたれたきっかけはどのようなことだったのですか?

 大学時代、時間割を埋めるためにとった「US History I」という授業がとても面白かったのがきっかけです。友達が履修するというので、なんとなく付き合いでとった授業でしたが、すっかりハマってしまいました。思想が制度を作り、制度が思想を強化する、という相互作用がとても面白く感じました。この授業をとるまでアメリカには1ミクロンも関心がなかったわけですから、何が人生を変えるかなんてわかりませんね。


―平体先生は特に公衆衛生史という視点でアメリカを研究されていますが、まず公衆衛生について簡単にご説明いただけますか。

 医療と公衆衛生の違いはわかりにくいですよね。公衆衛生は「地域やコミュニティ単位」で疾病を「予防」するのが目的、という点が個人の傷病に対応する医療と異なります。言葉は悪いですが、集団の健康レベルが上がるなら一人二人に不都合が起きてもやむをえない、という冷たさも含んでいます。これは医療では言ってはならないことですよね。


―つまり公衆衛生は、地域やコミュニティ全体の健康維持を目的にしていて、そのための情報発信や健康教育、ルールづくりと考えてよろしいのでしょうか。

例えば新型コロナウイルス感染症を例に考えても、日本の公衆衛生システムはアメリカとはかなり異なりますが、その違いから私たちが考えるべきことはなんでしょうか。

 公衆衛生システムは、先進国であればどの国でもそんなに違いはないです。安全な水の供給、ごみ処理、住民の健康教育、健康診断や予防接種の奨励、病気の件数の把握などです。ただ、公衆衛生は単にシステムを構築・運用するだけでなく、住民に実践してもらわなければ効果が上がりません。歯磨き指導をしたとしても、本人が丁寧な歯磨きを続けなければ、虫歯や歯周病は防げませんよね。個人の行動をどのように変えるか、という点が国や文化圏によって違うので、公衆衛生の効果が違ってくるのです。日本社会は同調圧力が強いと言われています。これはマスクの例のように、良くも悪くも公衆衛生に作用します。また、日本食はカルシウムが少なく塩分が多いという特徴があります。これも骨粗しょう症や高血圧を増やします。でも慣れ親しんだ味を変えるのは難しいんですよね。

 

―外国人の異文化適応においても食文化への適応は難しいと言われています。外国人が異文化社会のシステムを理解したり、その社会のルールを理解したりして自らの行動を変容させることは比較的容易に適応することができるそうですが、自分が小さいころから慣れ親しんできた食べ物への嗜好は簡単には変えられないと聞きます。

―先生のお人柄をご紹介するために学生時代のお話やプライベートのお話を伺いたいのですが、先生が学生時代どんなことに熱中されていたのでしょうか? 

 オーケストラ部でバイオリンとビオラを弾いていました。試験時以外に勉強をしていた記憶はほとんどなく、ひたすら遊ぶか練習するかでした。また、中学生時代からかなりのマンガ・アニメオタクでした。札幌出身ですが、東京の大学に進学した理由の一つにオタクのイベントに参加しやすくなるからというのがありました。


―先生がバイオリンを演奏なさるのをはじめて知りました。どのぐらい真剣にと言ったら失礼なのですが、プロの演奏者になる道もあったのでしょうか?

 アメリカ留学時には、歴史学と音楽のダブルメジャーでした。研究者になるかオーケストラでバイオリン奏者になるかで本当に悩みました。そんな折、バイオリニストのイツァーク・パールマンのワークショップに参加し、一緒に参加した人がエチュードをとても芸術的に弾いているのを聞いてショックを受けました。私の演奏はバッハでもバルトークでも無味乾燥なエチュードみたいになってしまうので。それでプロを諦め研究者になろうと決心しました。23歳の時です。

 研究者になって大学に勤めようと思ったもう一つの理由は、朝の通勤電車に乗りたくなかったからです。大学の教員になれば通勤電車に乗らなくてもいいかなと思ったのです。実は後から気づいたのですが、大学教員にも朝一限があるんですよね。

 

―それほど真剣にバイオリンに取り組んでいらっしゃったのですね。私も子どものころピアノのレッスンに通っていましたが、練習が嫌いで、レッスンに行くと先生に叱られていました。今となっては楽器ぐらい弾けたら良かったのに、と辞めたことを後悔しています。

ということは、先生のご趣味はバイオリンを演奏することでしょうか?お忙しいと思いますが、ストレス解消はどのようにしていらっしゃるのでしょう。

 子供が生まれてからバイオリンには触っていません。今頃バイオリンの中にクモの巣が張っているのではないかと思うと、ケースを開けるのが怖いです(笑)。趣味としてはドライブが大好きです。車を運転していると多少の体調不良は解消します。また、論文や本の原稿を書いているときが一番楽しいし、時間を忘れます。次がマンガや推理小説を読んでいるときですね。

 

―ドライブですか。どんなところをドライブするのでしょうか?非日常を満喫されるということですね?

 非日常ですね。先日、沖縄での調査仕事の休日にレンタカーを借りて、勝連城址や中城(なかぐすく)城などをまわりました。海中道路などを走っていると気持ちいいですよ。


最後に、高校生、大学生にメッセージをお願いします。 

 “Believe you can, and you are halfway there.”というセオドア・ローズヴェルト元大統領の言葉があります。やってみる、続けてみるというのはとても大事です。できない理由はいくつも思い浮かぶものです。でも「できる」と信じて続ければ、たぶんできるようになりますし、できなくても世界は広がります。



 

後記:平体先生が大学時代の授業で、その後の人生を通して研究されるテーマに出合ったこと、これから大学受験を考えている高校生、現在大学でさまざまな授業を受けている学生にも伝えたいと思いました。すべてを満遍なくこなす必要はなく、好きなことを見つけること、興味をもてることを探求することがとても大切だと感じます。それにはまず心を開いて吸収する気持ちをもつことが初めの一歩だと思います。高校生、大学生の皆さんには、その気持ちをもっていただきたいです。


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