見えなかったものが見えてくる――アンテナを伸ばし解像度を高めよう――学部長挨拶

 「国際」と名のつく学部はどこも同じような教育を提供しているように見えます。国際関係や国際協力を学び、留学プログラムを持ち、卒業後は英語を生かして航空業界やホテル業界に進むことを想定している、というものです。たしかに入学案内パンフレットや大学ホームページの記述に大きな違いは見えません。しかし、それぞれの大学には個性と特徴があります。

東洋英和女学院大学国際社会学部の特徴は、リベラルアーツとキリスト教に立脚した少人数制教育にあります。(これも小規模なミッション系大学ならどこも同じようなことをうたっています。)ではリベラルアーツとキリスト教は本学でどのように機能しているのでしょうか。

リベラルアーツとは自由学芸科目とか教養科目などと訳されますが、ちょっとわかりにくいですよね。これは専門を深く学ぶというよりも、「学び続けるための知的体力と感受性を養成する」ものです。実は「売れ線の専門知識」というのは時代の移り変わりによって大きく変わります。現在はデータサイエンスやAIが中心ですが、少し前までは経営学や国際関係論でしたし、もっと前は法学や工学が「売れ線」でした。大学での専門教育は、それぞれの時代に必要とされる知識を伝達するものでした。しかし、そこで得られる知識には賞味期限があります。社会の変化に合わせて自分でアップデートしていかなければ、知識はあっという間に古びてしまいます。知識や認識をアップデートし続けるときに役に立つのがリベラルアーツです。

文学や哲学、科学などを幅広く学ぶリベラルアーツは、一見すると「何をやっているのかよくわからない」ものです。就活をスタートさせた国際社会学部の学生が、よく「私って大学で何を学んできたのでしょう。面接官に尋ねられてもうまく答えられません」と困惑しています。しかし深く掘り下げてみると、新しい知識に対する感受性や受容の仕方に大きな成長があるのがわかるはずです。「アンテナ」が高くなっている、あるいは「解像度」が高まっているのです。今まで当たり前のものとして見過ごしてきたこと、そこに存在するのに目に入っていなかったことが、リベラルアーツ教育によって見えるようになっていると言えます。これは社会に出た後、様々な局面に対応しなければならなくなった時にこそ、大きな意義が感じられるものと思います。

英和では、グループワークを通した理解の深化や個人プロジェクトの発表が、カリキュラムの大きな位置を占めます。ゼミ単位での研修もあります。これらは知識を増やすだけではなく、知識を使って何かを構成し、他人に理解できるよう説明し、他人からの質問や批判を通して自説を再検討するプロセスになっています。それぞれの授業で獲得した知識は、なんとなくバラバラに見えます。しかしそのバラバラな知識が新しいものの見方へのアンテナとなるよう、カリキュラムが設計されています。そして新しいものへの感受性を生かして自ら発信するよう訓練されるのです。

ところで、思ったことを何でも発信できる現代社会では、意図していないのに他者を傷つけることがあります。そこで行動の指針となるのが英和の理念である敬神奉仕の精神です。英和ではキリスト教学を掘り下げて研究する人は少ないですが、キャンパスのいたるところに敬神奉仕の精神が根づいています。キリスト教では、神が作られたものに無駄なものはないと考えます。たとえ人の目に無駄・無価値に見えるものであっても、神にとっては必要なピースなのです。誰一人取り残さないSDGsの理念もここに共鳴しています。

英和の国際社会学部は、見えなかったものを見えるようにし、それを尊重することを実践的に教育する場です。そこにこの学部の特徴と価値があるのです。在学生の皆さん、英和での学びを通して「この先何にでも対応できる基礎力を培っている」ことに自信を持ってください。高校生の皆さん、私たちの特徴と価値に興味を持ったならば、ぜひオープンキャンパスにお越しください。

国際社会学部長 平体由美


国際社会学部教員――2023年度入学式にて



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