【TOYO EIWA―THE WORLD COMMENTARY】挑発レトリックで混迷する世界

  東洋英和女学院大学は、国際関係研究所(https://www.gendaishikenkyu.net/)を付置しています。同研究所では、一般の方向けにわかりやすく時事問題を解説するToyo Eiwa The World Commentaryを発出しています。

 この度新しいコメンタリーが発出されました!ぜひご一読くださいね。


挑発レトリックで混迷する世界

河野 毅(国際社会学部 教授)


エジプト・ガザ国境を訪問するグテーレス事務総長 ©Kerolos SALAH / AFP

107日のパレスチナ武装組織「ハマス」によるイスラエルへの攻撃にハマス自身がつけたタイトルは「アル・アクサー寺院の洪水」だった。この「洪水」という言葉は、イスラムの聖典コーラン第11章と第71章に記される不信仰者たちが洪水で溺れ絶滅する物語から来ている。イスラム寺院(モスク)のアル・アクサーは預言者ムハンマドが昇天したと伝えられるエルサレムのイスラム聖地である。ハマスの意図は、イスラエル国民をテロ攻撃という洪水で絶命させるという、挑発的なものだ。

このように聖典を引用する挑発的レトリックは、感情に訴え政治的支持を得る効果を持つがその結果が平和に向かうはずは無い。2001年の9.11同時多発テロ事件直後にブッシュ大統領が「この十字軍遠征は時間がかかる」と発言しアメリカは異教徒討伐に乗り出したと挑発的な発言をした。

実は、この種の挑発的な言い回しをグテーレス国連事務総長も使っている。今年9月の国連総会に合わせた温暖化対策の会議で、事務総長は世界各国の温暖化対策の遅れに怒りを露わにし「人類は地獄への扉を開いた」と発言した。

一神教では「地獄」は罪深い者が神の審判を受け一度転落したら永劫に炎で苦しむ世界を指す。やり直す希望はない。さらに、同じスピーチで事務総長はまるで中世の教権のように、先進国を脅しこう発言した。「最貧国が怒るのは当然だ、先進国は1000億ドルの拠出の約束を守るべきだ」と。

事務総長は今年の国連総会の基調発言でも挑発を続けた。「分断する世界には国連憲章に基づいた新しい国際制度が必要で、そのための制度改革が必要だ」と主張し、こう付言した。「改革か破裂(rupture)だ」。ここでも一神教の終末論の言葉を使う挑発だ。Ruptureは救世主の再臨前に起こる天罰で、コーランの第84章では悔い改めない者には天罰が下り、新約聖書のヨハネの黙示録では災害の連続で多くの者が死ぬ物語がある。

神の教えに従う善と不信仰者の悪を二分化する事務総長の挑発レトリックは、善対悪の宗教闘争を促す。国連は宗教闘争の場ではない。世界が協力する場だ。平和への祈りとは世界の人々それぞれが平和を希求する努力を指し、国連はその努力を後押しする場のはずだ。事務総長は挑発をやめ、国連の原点に立ち返ってもらいたい。

スウェーデンから第2代国連事務総長に選出されたダグ・ハマーショルドは、平和に貢献するための覚悟をこう表現していた。「私が事務総長に就任するにあたり、スウェーデン人の詩を引用したいと思います。『人類の最上の祈りは勝利のための祈りではありません。平和のための祈りなのです』」。

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